きちんと悔しがる

以前、ラジオで私の好きなアーティストがしていた話

最近の人は「喜怒哀楽」の「喜」と「楽」だけできている、でも「怒」と「哀」もあってこそ人間なんだ、というような事を言っていました 

確かに、「怒」と「哀」ってネガティブな感情と捉えられがちですよね 今のようなSNS全盛の時代だと、インフルエンサーのような人達が「喜」と「楽」のようなキラキラしたポジティブな姿を投稿することが多いです それでも、何か怒りを感じるような出来事に出くわした時に、「ちょっと聞いて!」的なスタンスで投稿することもあると思いますが、その場合必ずと言っていいほどアンチ的なコメントが出てきますよね 「そんなの貴方も悪い」とか「自己中」「かまちょ」などなど、実際には何の関係もないはずの人達がご意見番のように責め立ててきたり

ネガティブな感情になる時って、その原因になるものが別の誰かである場合があって、そうなると遠回しに誰かを攻撃するように見えるのかもしれません

そもそも、SNSに自分のことを投稿しない人の方が圧倒的多数なわけで、日常生活を過ごしているだけの私達が自分の素直な感情をいちいち他人目線で計らなくても良いのですが、SNSのある生活に慣れきっている現代人は他人からの目を過度に気にしてしまう人が多いのかもしれません

でも、ドラマだって映画だって小説だって、「喜」と「楽」の感情でしか表現されなかったら面白さは何もないし、「怒」や「哀」の感情があってこそ誰かを感動させるのだと思います

そんなことを考えている私に、最近「悔しい!」と思う出来事がありました 何があったかなんて説明するほどの内容ではないけれど、悔しくて心がザワザワして、夜なのに頭が冴えちゃって眠れないほどでした 私ももう50代なので、最初は悔しい気持ちを抑えようとして、「残念だけど、仕方ないね」とか「気持ちを切り替えよう」などと悔しさをグッと飲み込もうとしましたが、ふと気付いたのです

「この気持ちを無理に抑え込もうとしても何の解決にもならない」

そこで、もう思いっ切り素直に口に出しました

「悔しい!悔しい!!」「なんで!?」「もう、信じられない!」「チクショー!!」と

聞いてるのは愛犬だけ 毒を吐いたって大丈夫です 夜風に当たってみたりもしました 悔しくて、悔しくて、悔しい思いのまま眠りについて、翌朝目が覚めてもまだ悔しさが消えません

でも、お昼頃までひたすら心に居座っていた悔しさが、少しずつ形を変えていきました

「私って何に対して悔しがっていたんだっけ?」そんなふうに考えるようになってきたのです

例えば、どうしてもやりたかった仕事があって、それをAさんと自分のどちらが担当するか、という時に、Aさんが選ばれたとします その時、「自分はAさんに負けた」という敗北感でいっぱいで、負けたことが悔しい悔しい、となっていたとします

でも、本質的なことは、どうしてもその仕事がやりたいんだ、ということ だから、その仕事ができるよう努力すればいいんだ、と

今回、きちんと悔しがりました 物分かりの良い人になろうと、悔しさを抑えたままだったら、いつまでも燻っていただろうけど、感情に素直になったおかげで立ち直る兆しも見えてきました 「喜怒哀楽」は大切です 昔からずっとそうだったはず

実は結構感情を抑えてしまうタイプなので、今回の事はひとつ成長になりました!

                                    Elva

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